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2004年12月

2004年12月25日 (土曜日)

常識はずれ人物伝 ・ その二

   「 部 長 、こ ん ど の 新 人 は す ご い で す よ 」


わたしが地元の商工業団体の青年部部長になってからしばらくしてのこ
と。どうみてもじぶんより年上に見える担当事務局員がこう切り出した。

当時、わたしが部長になると同時に定年で卒業する部員が多くでたため、
新入部員の確保が命題だった。

待望の新人であったのだが、事務局員がにやけているのはそれだけでは
ないようだ。

   「 た い そ う な イ ン テ リ 」

というのだ。あとで本人に聞いてわかったのだが、なんと東部の名門コ
ロンビア大卒で世界最大のクレジットカード会社ニューヨーク本部に勤
務していたという。
     
そんな人物がなぜこのまちに戻ってきたのか。

   (じつはそれは現在に至るまでなぞだ。こちらが聞きそびれてい
    るだけかもしれぬが、あえて触れてはいない)

じっさいに本人にあってひょうしぬけした。ぼくとつな人柄であり、才
気走ったところなどまったくない。

かれの家も魚の加工場で、家族だけで製造するホッケの開きが有名だ。

わたしはネット販売をはじめて、自社以外の商品も扱うようになり、そ
のホッケをすこしだけ仕入れて売った。

「美味い」と評判になり、次のオーダーを出した。 すると、

    いつまでたってもできあがらない。

たしか二~三日したらできあがるといっていたはず。

その後も「明日もって行きます」といわれ喜んでいたら数日まってもこ
ない。 電話すると、

   「 さ ば い て み た ら モ ノ が 良 く な か っ た 」

という。 そしてほんとうに忘れたころじっさい依頼した数の半分以下
を持ってあらわれるのだ。

これは注文数が少ないので、こちらをあいてにしていないのだろうか、
などとも勘繰れるところだが、かれの人柄を知っているわたしにはどう
もそう思えない。

数年つきあううちに事情がのみこめた。


....じつはここ数年、原料のホッケがほんとうに良くなかったそうな。

かれはホッケの品質にこだわっているのであり、納期にはまったくこだ
わりがない。

そういう人物なのである。

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2004年12月 9日 (木曜日)

とつぜんの来訪者

kumahachi-1

森野熊八さん来訪。前日は東京25℃だったのにこちらはアイスバーンで驚いてましたが、驚いたのはわたしで、森野さんは二年前東海テレビでウチの製品を通販全国第2位に推薦してくれたのです。

(ケイジの取材がしたいというだけで、だれが来るのか、どういう番組なのか事前にいっさい知らされていなかったのです....)

今回は鮭児の取材。吹雪の除雪つかれでグロッキーぎみのわたしでしたが、アジクマさんこと森野さんに上手くのせられてしまいました。

リップサービスとは思いますが、熊八さんウチの魚は「ほんとうに美味かった」とのこと。

30分ほどの収録も、じっさいにはかなりカットされるでしょう。
いずれにしてもこちらではみることができないテレビ東京系。

テレビ東京系、レディス4(12月16日木曜日放映)だそうです。

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2004年12月 3日 (金曜日)

冷たい山

きょうは吹雪。いつもは平気な彼が、すべってコワイ、トラック
運転できない、というのでわたしが運転。

このトラックは低床車で60扁平タイヤにLSD(リミテッドスリッ
プデフ)がついています。雪道ではおしりをふりふりしてしまう。

華麗なドリフトターンで「スキーで滑るように。楽しいなあ」と教
えましたがアイスバーンはわたしが運転するはめになりそう(^^;)


映画 コールドマウンテン を2倍速で飛ばし見。なんであそこの
土地が良いんだろうか?と思い、ふと自分を省みると。


  フローズンシレトコに住んでいたりする。


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2004年12月 1日 (水曜日)

地震があった

29日早朝に地震があった。

徹夜をしていたのだが、仕事のほうが気になって
すぐに忘れた。

国後島が天然の防波堤になっている。だから津波
には安全なはずだが。

もしも国後島とのあいだが震源だったらすぐに到達
する。

朝刊が届いて、一面には「中標津町の住民投票で
合併反対」。


    ---「東知床市」構想は、もろくも崩壊した。

   

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